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ソプラノ 川島幸子

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2010/02/14//Sun * 00:00
音楽留学回想記 全22話



2010/02/13//Sat * 15:58
音楽留学回想記 No.22(最終回) Diplomkonzert 卒業試験コンサート

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


22.(最終回) Diplomkonzert 卒業試験コンサート
2005年 2月


ワイマール音大の声楽科1年からスタートした私のドイツ・音楽留学。

2年間のGrundstudium(基礎課程)を終え、Vordiplom(進級試験)を無事合格し、Hauptstudium(専門課程)のGesang/Musiktheater(オペラコース)に進み、4年間(8ゼメスター)の間にさまざまな科目の試験を受け、単位を取得し、ついにDiplomkonzert(卒業試験コンサート)をやるときが来た。

このDiplomkonzertでは、自分で学校のホールを予約し、その日に声楽科の先生たちを招待し(一般のお客様も来ます)、リサイタルを開催します。
また、Diplomkonzertのプログラムは、歌曲12曲(4曲は現代曲)、アリア6曲(1曲は現代曲)、計18曲を一晩のリサイタルで歌わなければなりません。
とにかく体力勝負!

それにリサイタルといっても、リサイタル形式の卒業試験なので点数も出ますし、その点数によって大学院に進学できるかも決まってしまうわけで、普段のコンサートよりもはるかに緊張してしまうわけです。

悩みに悩んで組んだプログラムはこちら♪

中田 喜直作曲
- さくら横丁

武満 徹作曲
- 小さな空

ドヴォルジャーク作曲  歌曲集 愛の歌 作品83 より
- 私たちの愛に
- とある家をめぐって歩く

シューベルト作曲 ミニヨンの歌 より
- 語れとは言わないで

A.ライマン作曲(*1936) 歌曲集 子供の歌 より
- お父さん、どこ?
- りんごをください
- 人差し指は・・・
- おねむりなさい

リヒャルト・シュトラウス作曲
- なにも
- 万霊節
- チェチーリエ

J.S.バッハ作曲 カンタータ “わがこころは主をあがめ” より 
- アリア “うめき、涙、悲しみ、苦悩 ”

ヘンデル作曲“リナルド” より 
- アルミレーナのアリア “泣かせてください”

ヴェルディ作曲“リゴレット”より 
- ジルダのアリア “慕わしい人の名は”

プッチーニ作曲 “ラ・ボエーム”より 
- ムゼッタのアリア “私が街をあるくと”

F.ゴルドマン作曲 ハイナー・ミューラーのテキストによる
- モノローグオペラ “心のかけら”

リヒャルト・シュトラウス作曲“ナクソス島のアリアドネ”より
- ツェルビネッタのアリア “偉大なる女王さま”

ピアノ:川島 基


このDiplomkonzertのためにインターネットでオーダードレスを注文し、気合十分。
そして準備も練習もばっちりやった(つもり)にもかかわらず、前日の夜は頭の中で歌う曲の歌詞がぐるぐるまわってまったく眠れず。

歌う直前の緊張は、モスクワでのチャイコフスキーコンクールの1次予選以来の緊張で、足がガクガク震えだし・・・・

それでも舞台に出ると、なんとか足の震えはおさまり、1曲目が始まると自然と演奏に集中していきました。

前半の歌曲12曲が終わり、休憩を挟んでアリア6曲に突入。

そしてついにDiplomkonzert最後の曲=リヒャルト・シュトラウスのオペラ『ナクソス島のアリアドネ』からツェルビネッタのアリア!
一番思い入れのある、また難曲中の難曲といわれるこのアリアは12分もかかる大曲で、「歌曲12曲とアリアを5曲歌った後で歌うのは無謀だ!」と先生に猛反対されたけど、どうしても歌いたくて、先生の反対を押し切ってプログラムに組んだので自業自得だけれど、本当に大変だった(汗)!!!
それでも最後まで歌いきったときには、一瞬倒れそうになったが、達成感と感動で涙が出そうになった。

▼Diplomkonzert直前のリハーサル
diplomkonzert1

▼コンサート中・・・
diplomkonzert2

▼コンサート終了後、恩師Freiberger先生と
diplomkonzert3


こうして6年にも及ぶStudiumの課程を全てやり遂げ、このDiplomkonzert(卒業試験コンサート)の結果、大学院に進むことが出来た。

また、この1年後にはKonzertexamen(国家演奏家資格)課程への入試を受け、Konzertexamen課程に進んだ。

そして3回のコンサート試験に合格!
1回目
2007年12月にイェナフィルと歌ったリヒャルト・シュトラウス作曲、ブレンターノの詩による6つの歌

2回目
2008年5月のArienabend(オペラアリアの夕べ)

3回目
2008年6月のLiederabend(歌曲の夕べ)

ついに、2008年7月、ドイツ国家演奏家資格を取得し全課程を修了、卒業となった。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

長い期間かかってしまいましたが、これで私の音楽留学回想記の最終回としたいと思います。お付き合いくださりありがとうございました♪

2005年4月以降の音楽日記は、このブログのカテゴリ◆歌いました(オペラ・コンサートの記録)に記録してあります。



2010/02/11//Thu * 16:43
音楽留学回想記 No.21 ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
2004年 9月


ベルリン・コーミッシェオーパーで、若手演出家による現代ものオペラの公演があり、その中の一つにF.ゴルドマンのHerzstückというモノローグオペラに出演することになった。

はじめに演出家のSさん(男性)と会ってコンセプトなどを聞き、次にもう一人の演出家のFさん(女性)からも話を聞き、やっと自分が1つのモノローグオペラを2種類の演出で演じ歌うのだということがわかった。

Sさんの演出で私の役の設定は『オペラ歌手』だったので、「そのまんまやん!」って感じでしたが、もう一人のFさんの演出では、『狂った女性』という設定で、自分で胸を切り裂いて内臓を自分で引っ張り出すというきっつ~い演出だったので、彼女のコンセプトを聞いたときは正直かなりひいてしまいましたが・・・・

▼Sさんの演出での舞台写真
Herzstueck S

▼Fさんの演出での舞台写真
herzstueck F

いろいろ大変でしたが、劇場の仕組みや沢山のことを知ることが出来、貴重な経験となりました。



2010/02/10//Wed * 23:21
音楽留学回想記 No.20 モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
2004年 6月


2003年にベルリン芸術大学のオペラに出演したときの演出家のDから、モーツァルトのオペラ『後宮からの誘拐』のコンスタンツェ役を歌える人を探しているからやってみないかと電話をもらい、すぐに指揮者と連絡を取り、Vorsingen(オーディション)を受けた。
幸い、指揮者に気に入ってもらえたようで、以前からずっとあこがれの役だったコンスタンツェ役を歌うことになった。

このコンスタンツェという役は、大きなアリア3曲、4重唱、2重唱、最後にまた4重唱、さらに曲と曲の間にドイツ語の台詞もありとっても難役!
それに、これまでにアリア3曲は勉強していたけれど、重唱やドイツ語の台詞などは急いで譜読み+暗譜しなければならなかったので、本当に大変でした。

ハードな練習スケジュールを経て、初日の舞台でこのコンスタンツェという役を歌い演じきったとき、本当にうれしかった!

▼フランクフルト・オーダー歌劇場での公演写真
konstanze1

konstanze2




2010/02/07//Sun * 23:15
音楽留学回想記 No.19 オペラで王様役に挑戦!

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


19.オペラで王様役に挑戦!
2003年 6月


ワイマール音大でオペラのレパートリーの授業でお世話になっている指揮者でピアニストのRüdigerが、ベルリン芸術大学でドイツ現代作曲家=W.リームの『メキシコの征服』というオペラを指揮することになり、そのオペラでは、ソプラノが王様役を歌うのだが現代曲でなかなか歌える人がいないので、歌ってみないかと誘われ、ベルリン芸大でオーディションを受け、その王様役を歌うことになった。

アステカの王 Montezuma役
montezuma1

montezuma2

montezuma3

montezuma4


このオペラに出演したおかげで、演出家のダグニーからオペラで演技をする上で大事なことを沢山教わることが出来、また偶然にも、CDを聴いて以来ずっとファンでレッスンを受けたいと願っていた方がこのオペラの公演を観に来ていて、オペラの公演後私に声をかけてくださり、これがきっかけで、このあと(と、いってもなかなか言い出せず、3年後となるのだが)実際に彼女のレッスンを受けることが出来るようになり、私にとって大事な出会いの機会となったオペラプロジェクトだった。

一緒に出演した仲間たちも楽しい愉快なメンバーで、最後の公演はとても名残惜しかった。


2010/02/06//Sat * 23:50
音楽留学回想記 No.18 バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
2003年 5月


ワイマール音大の声楽科の校舎の掲示板に、音大のシンフォニーオーケストラが定期演奏会でバーンスタイン作曲の交響曲第3番『カディッシュ』を演奏するので、ソプラノのソリストオーディションを行うという案内が出ていた。

どんな曲なのかまったく知らなかったので、とりあえず図書館で楽譜をかりて、楽譜を見ながらCDを聴いてみた。
どうやらこの曲は、オーケストラ+合唱+少年少女合唱+ソプラノのソリスト+ナレーションという組み合わせの曲で、なんと歌の歌詞はヘブライ語だった・・・・
(ナレーションは英語)

オーディションを受けてみようと思いさっそく譜読みをしたかったが、まずヘブライ語の発音がわからず、ヘブライ語が出来る人を探すことから始めなければならなかった。

やっと友人の息子さんの友達のベルリンに住むイスラエル人留学生を紹介してもらい、その人から発音と意味を教えてもらうことが出来た。

そしてオーディションではなんとかヘブライ語で歌えるようになり、ソプラノのソリストとして選ばれた。

まずは、ピアノ3台を使っての指揮者合わせ。
長い長いフレーズが大変で、それにオーケストレーションも分厚く、変拍子・・・・

コンサートが近づき、オーケストラとの練習も始まった。
なんとオーケストラ+合唱=総勢350人!!!
とにかくすごい人・人・人!!

ついにコンサート当日。
午前中にCD録音のための予備録音で歌い、開演直前の合わせでも歌い・・・・
そして開演♪
自分の背に350人もいると思うとソプラノソロが始まると責任重大で緊張しましたが、なんとか無事歌った(と、思います)。

kaddish 新聞に載った写真


私にとって思い出に残る1曲となった♪


2008/12/30//Tue * 20:45
音楽留学回想記 No.17 初リサイタル in レバノン

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


17.初リサイタル in レバノン
2003年 1月

2002年に、レバノンの日本大使館からの招待で、オットがレバノンでピアノリサイタルがあり、その際に次回は日本歌曲を入れたプログラムで歌のリサイタルはどうかという話になり、この年(2003年)私も日本大使館からの招待でレバノンのベイルートとジョーニーの2箇所でソプラノリサイタルをやることになりました。
これが私にとって人生初のソロリサイタル。
どんなプログラムにすればいいか、1時間以上も一人で歌って声のスタミナは大丈夫か、衣装はどうするのか、とにかく何もかもが初めてで期待と不安でいっぱいでした。

ベルリンから飛行機でレバノンへ。
空港に、レバノン滞在中お世話になるレバノンの大病院の院長さんで医者のAさんのお宅で働いているドイツ語が話せる運転手のEさんが迎えに来てくれていて、車でAさん宅へ。
オットから話は聞いていたのですが、実際Aさんのお宅にお邪魔してみて本当にびっくり!!!
すごい豪邸。
地下が温水プールで4階建て。
住み込みのお手伝いさん4名。
奥様はドイツ人で、ドイツの音大のヴァイオリン科卒で、現在は画家なのですが、趣味でやっているカンマーオーケストラの練習をAさん宅で出来てしまうほど広いお部屋。
4階部分はすべてゲストのためのお部屋。
窓から街と地中海が一望できる丘の上の大邸宅。
家中に古代遺跡から発掘された土器などがいっぱい飾られ、まるで博物館。
こんなすごいお宅見たことないです。

2回のリサイタルの合間に、日本大使館の方に車で古代遺跡観光に連れて行っていただいたり、ドイツ語の話せるAさん一家お抱え運転手Eさんにベイルートの街や近郊の街に連れて行ってもらったり、毎日盛りだくさんのスケジュールでした。

▼バールベック遺跡
lebanon4

▼バッカス神殿
lebanon2

▼バッカス神殿内部
lebanon7

▼列柱
lebanon6

▼ゼウス神殿の列柱
lebanon6

▼遺跡に行く途中に通ったベッカ高原
lebanon3

一回目のリサイタルは、レバノンのジョーニーという街にあるドイツ人学校のホール。
これが、私にとっての人生初のソロリサイタル。
プログラムの力配分や、まだまだ体で歌うということが出来てなかったので大変でしたが、あたたかいお客様に支えられて、なんとかアンコールまで歌えました。
そして2回目はベイルート市内にある大学のホール。
1回目のリサイタルでの反省点を生かして、うまく力配分が出来るように心がけたのですが、歌っているうちに、ノリのいいお客様だったので自分もテンションが上がり、後半途中から、最後まで歌えるのか心配になりましたが、なんとかこの日もアンコールまで歌いきりました。

lebanon1
◆プログラム◆

-日本歌曲
1.さくら横丁
2.赤とんぼ
3.かんぴょう
4.荒城の月
5.かやの木山
6.からたちの花
7.まちぼうけ
8.蘇州夜曲

-リヒャルト・シュトラウスの歌曲
9.献呈
10.なにも
11.万霊節
12.明日
13.ツェツィーリエ

-オペラアリア
14.プッチーニ作曲:オペラ『ジャンニ・スキッキ』より “私のお父さん”
15.ヴェルディ作曲:オペラ『椿姫』より “ああ、そはかの人か.... 花から花へ”


当時、まだまだ経験の少ない未熟な私に、このようなリサイタルの機会を与えてくださり、レバノンに招待してくださった大使、そしてお世話になったAさんファミリー、観光に連れて行ってくださった大使館の方、そしてAさん宅の専属ドライバーEさん、素晴らしい経験をさせていただき、本当にありがとうございました!!!


2008/05/19//Mon * 21:26
音楽留学回想記 No.16  第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
2002年 6月


セミファイナルに進んだ17人のうち、私と中国人ソプラノ以外は全員ロシア人(ロシア系)で、なんともロシア色の濃い(ロシアのコンクールなので当たり前ですが・・・)ラウンドとなりました。

セミファイナルで私が歌ったのは次の5曲

1.モーツァルト作曲、オペラ「後宮からの誘拐」よりコンスタンツェのアリア“私は愛していました”
2.ドヴォルジャーク作曲、「愛の歌」より“私たちの愛に”
3.チャイコフスキー作曲、“昼の光が満ちようと”
4.中田喜直作曲、“さくら横丁”
5.ストラヴィンスキー作曲、オペラ「放蕩者のなりゆき」よりアン・トゥルーラヴのアリア“トムからは何の便りもない ”

ちなみにこのセミファイナルでは

1.オペラアリア 
2.歌曲 
3.チャイコフスキーの歌曲 
4.自分の国の歌曲 
5.1950年以降のオペラアリア 

という課題だったわけですが、5番目の課題=1950年以降のオペラアリア とチャイコフスキー国際コンクールの英語版・ドイツ語版・フランス語版の冊子には書いてあるのに、セミファイナルで他の歌手(ロシア人)の歌を聴いていた私は「なんで1950年以降のオペラアリアじゃない曲をみんな歌ってるんだろう???」と不思議に思っていたのですが、なんとロシア語版にだけは1930年以降のオペラアリアと変更されていたらしく・・・・・
知っていたのはロシア語圏の参加者だけ・・・・
1930年以降ならもっといろいろアリアもあったのになぁ~なんて思いつつ。
ま、でも何事も経験ですね。

セミファイナルでは1次のときほどの緊張はなく(というか、自分で「1次であんなすごい緊張を乗り切れたんだから怖いものなんてないわ!」と、言い聞かせていたのですけどね)、わりと落ち着いて歌えましたが、逆に気迫が足りなかったような気もします。
やはりホテル暮らしに外食続きで、さらに暴動の後で街を歩くのが怖かったりと、かなりつかれもピークでした。

結果、本選出場の6人は残れず・・・・
でも参加できただけでも奇跡だったので、セミファイナルまで残れただけでもほんとによく頑張ったと自分でも思います(笑)。
ただ、アレックス&ローマンに猛特訓してもらったリムスキー・コルサコフのオペラ「金鶏」のシェマーハのアリアと、ドニゼッティのオペラ「ランメルモールのルチア」の“ルチアの狂乱の場”を本選で歌えなかったのは残念でした。

もともとベルリン-モスクワ間の飛行機を取るときに、1次予選の後、セミファイナルは聴いて、そのあと1日は観光をして本選は聴かずにベルリンに帰るという予定で飛行機のチケットを取っていたので、自分がセミファイナルに進むという嬉しい誤算はありましたが、飛行機の変更なしで予定通り1日はモスクワ観光をして、ベルリンに帰りました。


モスクワ音楽院で練習中・・・
moskau4

セミファイナルの後、ホールのロビーにて
moskau7



2008/05/11//Sun * 21:32
音楽留学回想記 No.15 第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
2002年 6月


モスクワに来て3日目、演奏順を決めるくじ引きが、声楽部門が行われるホールでありました。
今回のコンクール参加者は、テープ審査で受かった参加者と、テープ審査免除の参加者(世界コンクール連盟加盟の声楽コンクールでの優勝者)、そして日本チャイコフスキーコンクールからの派遣参加者3名(日本人)で、声楽部門は男声部門と女声部門に分かれていて、男声=38人 女性=42人 の計80人でのスタートとなりました。

私はテープ審査に受かっての参加で、ベルリンからモスクワに飛んだので、日本チャイコフスキーコンクールからの派遣参加者の日本人3名とはまったく面識がなかったのですが、くじ引きの会場でその日本人3人と会ったときに、そのうちの一人が、なんと私が日本の音大でピアノ科の学生だったときの同級生(彼女はもちろん声楽科)で、びっくりの再会となりました。
私がピアノを弾いていた時代(笑)を知っている彼女はとても驚いていました。

結局、くじ引きの結果、私は最終日、つまり一週間後となりました。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


いよいよ1次予選。
1次まで1週間あったのでオットの病状もよくなり、なんとか普通のものが食べれる状態まで回復していました。

声楽部門のホールはほんっとに大きくて広くて、リハーサルで自分の響きを作れるようにいろいろ試みましたが、観客が入ればまた全然変わってくるので、結局本番で歌うまでわからないといった感じでした。

自分の出番1時間前にホール入りし、ひろぉ~~い楽屋の隅で着替え、少し声だし。
すると、隣の部屋ではロシア人参加者たちがなにやら謎の診察室へ・・・。
すごく気になったので、こっそりのぞいてみると、ロシア人参加者たちが、順番にお医者さんらしき人に大きく口を開けてノドを見せ、それを医者が診察しているのです(驚)。歌う直前にノドの検査???
私もやるべき?とちょっと思いましたが、別にノドが痛いわけでもなかったし、ロシア語がわからないので却下(笑)

いよいよ自分の出番が近づいてくると、今まで経験したことないくらいの緊張に襲われ、足がガクガク震えだし、舞台に出るときに緊張がピークに達し、ヒールで立っていられないくらい足が震え、ブルブルガクガクで舞台中央へ。

人生で一番緊張したといっても過言ではないくらいの緊張の中、1曲目=モーツァルト作曲・ハ短調ミサ曲よりソプラノのアリア「聖霊によって処女マリアより御体を受け」の前奏が始まり・・・・
するとモーツァルトの美しい音楽のおかげなのか、自分が歌いだすときには足の震えはなんとかおさまっていました。
1曲目を歌い終えると、思いがけず客席から拍手と歓声を頂き、肩の力がすぅ~っと抜けていきました。

2曲目はコンクールの課題でもあるチャイコフスキーの歌曲「もし私が知っていたら」。
この曲は私の声質には重い曲だったし、初めてのロシア語だったので、本当に苦労した曲でした。それも初めて歌うロシア語をロシア人の観客の前で歌うわけで・・・・。
開き直って自分なりのチャイコフスキーを歌おうと心がけ、オットの絶大なサポートのお陰で無事歌いきりました。すると、客席から1曲目のときよりも更に大きな拍手と歓声を頂き、「私なりのチャイコフスキーだったけど伝わったかも!?」と、とても嬉しかったです。

そして3曲目、ヴェルディ作曲・オペラ「リゴレット」よりジルダのアリア「麗しの人の名は」を歌い、1次の曲(=計3曲)をなんとか歌いきりました。
客席からは、また更に大きな拍手と歓声で、この舞台で歌うことが出来て本当によかったと涙が出ました。
moskau6

ロシア語初挑戦の私に一生懸命にロシア語の発音や意味、音楽を教えてくれた友人アレクサンダーとローマン、そして病気を押してモスクワに来てくれてピアノを弾いてくれたオットに心から感謝・・・・

ドイツに渡り声楽を始めて4年の私が、テープ審査に受かり、この舞台に立てたことだけでも奇跡に近かったので、まさか自分が1次を突破し、セミファイナルに進めるとは夢にもおもわず・・・・


つづく・・・


2008/03/03//Mon * 21:35
音楽留学回想記 No.14  第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
2002年 6月


ついにモスクワへ飛ぶ日の朝・・・
コンクールでのピアノ伴奏をオットに頼んでいたので、2人でモスクワに行くことになっていたのですが、出発の3日前にオットはレバノンで演奏会があり、前日にベルリンに帰ってきたばかりで、その疲れからかオットが熱と下痢でダウン。
怖いけれど、一人で行くことを決意!



したのですが・・・・
時間がなかったので急いで話し合った結果、オットは熱をおして一緒に行ってくれる事に。

とにかく急いで空港に向かい、ベルリンからウィーン経由でモスクワへ
(途中、ウィーンで乗り換えのときに、手荷物検査でミニキーボードを怪しまれ、危うく没収されそうになりました。)

モスクワのシェレメーチエヴォ国際空港に着いて、コンクール事務局の車で、コンクール期間中参加者が宿泊する“ホテル・モスクワ”に向かいました。
10車線くらいあるひろ~い道路をひたすらまっすぐ(驚)走ること30分、モスクワの中心街に入り、ホテルに到着。
ちょうどこの日は、ワールドカップ・サッカーの日本対ロシア戦があり、ホテル前の広場には大きな特設スクリーンで大勢のロシアン人たちがサッカー観戦中。

ホテルに入り、コンクール事務局で手続き中にものすごい爆発音が!!!

サッカーの試合が終わり、ロシアが負けたため街中で暴動が起こったのでした。
声楽部門の会場(ホール)の窓ガラスは粉々に割られ、ホテル前の路上では車が炎上し、モスクワにある日本食レストランや日本に関係のあるものはめちゃくちゃに壊され、アジア系のコンクール参加者も顔を蹴られたり、被害者が出ました。

ホテルの窓から外を見ると、煙が上がり、道路に人が倒れ、車が炎上し、それはそれは恐ろしい光景でした。
もし、ホテルに着くのが10分遅かったらと思うと、今でも恐ろしくなります。

事務局で「日本人参加者は絶対ホテルから出ないこと!」と言われ・・・・
前回のチャイコフスキーコンクールに参加した日本人からの情報で、コンクールが用意してくれる食事(モスクワ音楽院の食堂)はお腹を壊すから食べない方がいいと聞いていたので、ベルリンから非常食用にとカップラーメンとパウンドケーキ、あと湯沸かし器を持参したのですが、熱と下痢が続いているオットは食べれずはずもなく・・・
とにかく外に出れないのでスーパーにも行けず、ホテル内のバカ高いミネラルウォーターを買うのが精一杯でした。
そんな中、私たちより先にチェロ部門参加者のピアノ伴奏としてモスクワに来ていた日本人ピアニストのRちゃんとR子ちゃんが、日本から送ってもらったというお湯を入れるだけで食べれるわかめご飯と即席のお味噌汁をオットのためにわけてくださり、なんとか食べることが出来、少しずつ回復していきました。


モスクワ初日からこんな大変な目に遭うとは・・・・

つづく・・・・


暴動が起こる10分前のホテル・モスクワの裏の道路
moskau1




2008/03/01//Sat * 21:39
音楽留学回想記 No.13 第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
2002年 5月


6月9日のベルリン発ウィーン経由モスクワ行きの飛行機の予約も済み、あとはロシアに入国するためのヴィザを取るために、チャイコフスキー国際コンクールの事務局から送られてきた書類を持って、ベルリンのロシア大使館へ。

大使館の窓口には朝の8時半にもかかわらず、すでに凄い行列・・・・・
待てど暮らせど行列はまったく減らず・・・・
午前11時になり、窓口付近から大使館の警備の人が出てきて、

「はい、今日はもう終わり。さようなら。」

へ???
こんなに人が待ってるのに、11時になったら終わりなの???

終了。


また、日を改めて更に朝の7時過ぎに再びロシア大使館へ。
が、また既に長蛇の列。
そして、11時。

「はい、今日はもう終わり。さようなら。」

終了。


このままでは、何度行っても大使館の入り口にすらたどり着けない、と本気で焦り、他の部門でコンクールに参加する友人にどうやってヴィザを取ったか聞いてみたら、どうやら電話で予約してから行けば、すんなり入れるとのこと。

が、しかし何度電話しても通じず・・・・・

しょうがないので、もう一度朝の行列にチャレンジ。
相変わらず、全然動く気配なしだったので、思い切って入り口のドアのそばまで行ってみると、警備の人が出たり入ったりしているだけで、列に並ぶ人たちは全然中に入っていってない・・・・・。
すごく怖かったのですが、勇気を出してドアのそばの警備員に、

「チャイコフスキーコンクールに出るからヴィザが必要なんです!これ、コンクールからの手紙です。」

と、大声で言うと、

警備員「ちょっと、来い。その手紙とあなたのパスポートを出しなさい。」

と、言うので人をかきわけてドアの方まで行くと、ドアの周りにいた大勢の人に何か言われたのですがロシア語なのでわからず、とにかく警備員に手紙とパスポートを渡して、待つこと20分。

警備員「中へどうぞ。」

3度目にしてやっと大使館の中へ。
どうやら、私が並んでいた行列は、別の用事で大使館に来ている人たちだったようで、私がそこに並ぶ必要はなかったみたいです。

窓口でコンクールから送られてきた書類を見せると、部屋の奥からファイルを出してきて、名前と番号を確認、あっという間に手続き終了。
3日後にパスポートを取りに行きました。

「いったい、なんだったんだ、この一週間は・・・・」

と、少し呆然となりましたが、とにかくヴィザが取れてホッとしました。
しかしモスクワに行く前から、こんなトラブル続きで一体これからどうなるの?

つづく・・


声楽部門のホールで、演奏順を決めるくじを引くところ。
moskau2



2008/02/27//Wed * 21:41
音楽留学回想記 No.12 第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート



前にコメントにも書きましたが、最近、ずっと棚に置きっぱなしだった大量にあるドイツに来てからの写真をアルバムに貼るという地味な作業をしておりまして(笑)、それにちょうど過去に使っていた手帳も発見!
なので写真と手帳を見ながら、思い出せる範囲でこのブログの「思い出(音楽留学)」のカテゴリの記事を頻繁にUPしてるという訳なんです。
備忘録的なものなので、つまらないかもしれませんがもうしばらくお付き合いくださいな。



12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
2002年 4月


オットがワイマール音大からベルリン芸術大学・大学院に転校することになり、2001年の夏休みに、ワイマールからベルリンに引っ越しました。
ベルリンに引っ越すことが決まったときに、私も転校を考えたのですが、ワイマール音大で師事している声楽の先生と私は同じ声種(=リリック・コロラトゥーラソプラノ)で、レパートリーもほぼ同じ、それに先生のレッスンも気に入っていたので、新たにベルリンで自分にあった先生を探すのも難しいし、まだまだ先生のもとで勉強を続けたいと思い、ベルリン-ワイマールを電車で3時間かけて通うことになったのです。

しかしHauptstudium(専門課程)の授業やレッスンは、とても多かったので、いつも月曜日の朝5:55の電車{/cars_train/}でワイマールに向かい、ワイマール中央駅からバス、または同級生の車{/cars_red/}で直接声楽科の校舎に移動し、授業を受け、夜はドイツ語の発音・表現の先生のお宅で一泊(オペラの練習や授業が多いときには2泊)して、また朝から授業やレッスンを受けて、夕方の電車でベルリンに帰るというハードな生活。

そんな中、ある日突然ベルリンの家のポストに1通の手紙が・・・・
なんとモスクワのチャイコフスキー国際コンクール事務局からでした。

「あなたは、テープ審査に合格しました。おめでとうございます。4月5日までに6月のモスクワでのチャイコフスキーコンクールに参加できるかどうかFAXでお返事ください。・・・・(以下省略)」

この第12回チャイコフスキーコンクールからコンクール参加の申し込みの際に自分の演奏テープを送らなければならないという規定になり、テープ演奏による予備審査が導入され、誰でも参加出来なくなり、ダメもとで12月末に申込書と演奏テープをモスクワに送ったのでした。
まさか本当に受かるとは思っていなかったので、驚き&喜び!

が、しかし・・・・

4月5日までに返事のFAXって???
この通知、4月6日に届いたんですけど
(ロシアの郵便事情は非常に悪いそうです。確かに、モスクワのお友達からのクリスマスカードが、投函された日の翌年の8月の暑い日に届いたことがありました(笑))

とにかく慌ててFAXしてみたのですが、返信のFAXは来ない・・・・
ふむ。
どうしましょうか???

と、そんなときに友達からのメール。
「おめでとぉ~。チャイコン出るんだね! コンクールのサイトにロシア語でさっちゃんの名前が載ってるよ。」

慌てて、そのサイトを見てみると確かに私の名前らしきものが・・・・
(ロシア語ばっかりで読めないので)
とりあえず、そのサイトをプリントアウトして、ワイマールへ。

ワイマールで声楽科の友達(ロシア人)に、手紙(英語)とロシア語のコンクールサイトのコピーを見せて解読(笑)してもらい、更に友達がモスクワのコンクール事務局に電話をかけてくれて、どうやら本当に私は出場するらしいということになり・・・・・
そのロシア人の友達+友達(ロシア人)に、猛烈に励まされ、その日からコンクールで歌うチャイコフスキーの歌曲2曲(ロシア語)とリムスキー・コルサコフのオペラ「金鶏」のシェマーハのアリア(ロシア語)の猛特訓が始まったのでした。

まずはロシア語の発音。
非常に複雑な舌の動き(?)と、ロシア人にしかわからない発音(辞書を見てもわからない)、また歌うとき独特の発音の仕方などを、ドイツ語で教えてもらうという複雑(?)な状況で、パニック!

また、音楽的な面でも独特な歌いまわしというか、濃い音楽というか、ロシアぁ~って感じ(言葉で上手く表現できなくてすみません・・・)を表現することも非常に難しく、このロシア人の友人2人に最終的に言われたことは
「ロシアの魂だぁ!冬のロシアに行け!3ヶ月でも住んでみれば少しはわかるよ。そして、ウォッカを飲めぇ~~~~」
でした。

本当に彼らは私が毎週ワイマールに行くたびに根気強く特訓をしてくれました。
いつも一緒に歌ってくれました。
感謝感謝です。
彼らがいなかったら、絶対歌えなかったと思います。

それでもまだ、「本当にコンクールに出れるのかしら?」と半信半疑だったのですが、後日再びコンクール事務局から、ベルリンのロシア大使館でヴィザを取る為の書類が送られてきた(それも、同じものが2通・・・)ので、やっと実感がわいてきました。
が、しかし、これまた問題が・・・・・

つづく。


モスクワ音楽院前のチャイコフスキー像
moskau5



2008/02/15//Fri * 00:00
音楽留学回想記 No.11 ヴェルディ・ガラコンサート

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


11.ヴェルディ・ガラコンサート
2001年 6月


相変わらず、毎日授業とレッスン+椎間板ヘルニアの治療で通院の日々。
そんな中、「6月21日にWeimarhalleというワイマールに新しく出来た大きなホールで、音大オーケストラがヴェルディ・ガラコンサートを開催するので、そのソリストオーディションをします。」という張り紙が声楽科の校舎の掲示板に張り出されました。
ヴェルディのオペラのアリア(デュエット)ならなんでもOKというオーディションで、私も受けてみようと思い、歌の先生に相談したところ、先生曰く

「幸子だったらジルダのアリア“Caro nome”がいいけれど、ほとんどのソプラノの学生がオーディションでこのアリアを歌うだろうし、私はオーディションで審査員ではないし、指揮者の先生とのコンタクトもない、その上@@先生(オーディションでの審査員の一人)の門下生もこのアリアを歌うだろうから、幸子がいくらうまく歌えたとしてもチャンスはないと思うわ。でも折角オーケストラと歌えるチャンスだから、幸子には是非オーディションに受かってもらいたいから、違うアリアでオーディションを受けなさい。」

と、私の先生には珍しく(?)作戦を練ってくださいました(笑)。
(先生は、ほんっとまがった事が大嫌いで、とにかくまっすぐな性格の方なので)


そしてオーディション当日。
私の歌の先生の予想通り、ジルダのアリア“caro nome"を歌う人がかなりいて、「やめといてよかった。」と思いました(笑)。
ようやく私の歌う番になり舞台に上がり、今思えば私の声には重過ぎると思われる「ルイザ・ミラー」からルイザのアリアと「アッティラ」からオダベッラのアリアを歌いました(汗)。
すると審査員の指揮者の先生から

「はい。ありがとう。よかったですよ。ところで、ジルダのアリア“caro nome”を歌える?」

と、質問され、

私:「はぁ。一応歌えますけど・・・・・。」

指揮者:「じゃあ、"caro nome"歌って!」

私:「ええええぇぇぇ。」

急遽、(っていうか結局)"caro nome"を歌う事になり・・・・
どんな風に歌ったかは全然覚えてませんが(きっと大汗かいてへろへろだったと思います(爆))、とりあえず歌い終えて、再び指揮者の先生が

「はい。どうもありがとう。では、あなたがヴェルディ・ガラコンサートでジルダのアリアを歌ってください。」

というわけで、無事(???)出演決定!
私の歌の先生もびっくり&大喜び。
しかし、それからコンサートまで毎回ちょ~厳しいレッスンが待っていました{/ase/}


いよいよコンサート当日。
午前中にオーケストラとの通し練習があり、私は極度に緊張してカチコチで歌ったにも関わらず、他の出演者のソプラノのSとAが、

「幸子って全然緊張しないのねぇ~。だって全然表情も変えずに歌ってたじゃない?」

いやいや、緊張で顔がこわばってたんです{/ase/}
そしてさらに、

「幸子はいいわよねぇ、眉毛と目の間が平らで。私たちって目の周りの彫りが深いから、スポットライトが当たると陰になっちゃうから前が見えにくくなるのよねぇ。」

ど~せ私の顔に彫りなんてありませんよ。平べったい顔ですよぉ~だ!
(関係ない話ですが、2年生の時、同級生(もちろんドイツ人)に「え~、幸子ってコンタクトレンズ使ってるの?そんな小さな目にコンタクトレンズ入るの???それとも特別なコンタクトレンズなの???」と真剣に聞かれたことがあります(爆)。)


そしてコンサート開演!
私の出番は最後から2番目。
前の年、パリ旅行に行ったときに、ラファイエット(パリのデパート)のバーゲンでゲットしたワインレッドのドレスとシルバーのストール(=計5000円くらいでした)に着替え、メイクで目元に似非の彫りを作り(爆)、いざ舞台へ。
が、しかしこれまた極度の緊張+ヒールの裏にゴムを貼ってなかったので舞台上ですべりまくり何度もこけそうになり、前かがみで、さらに右手右足、左手左足が一緒になってガチガチで歌う位置へ。
{/hiyo_oro/}
なんとか歌い終えて(かなり力任せに歌ったことは覚えていますが、それ以外はとにかく緊張した思い出しかないです)、コンサートの最後に出演者みんなでもう一度舞台へあがり、花束を頂いて、コンサート終了。


オットには、

「なんじゃあの出方は!もっと堂々として舞台に出てこないとみっともない。あれじゃお客さんは「この人、ほんとに歌えるの?」って心配になるよ。」

と、叱られ・・・・・
とほほ。

でも私の歌の先生はレッスン中は鬼のように怖いですが、レッスン以外のときは本当におかあさんのようにやさしい先生なので、コンサートの後、私が楽屋から出てきたら一番に抱きしめてくれました。

何事も経験です!


WEverdigala
出演者5人
(ちなみに左から2番目の男性は、私のブログにもよく登場するベルリン国立歌劇場の専属バス歌手のアンドレアスです)


2008/02/14//Thu * 00:00
音楽留学回想記 No.10 突然の代役 

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


10.突然の代役
2001年 5月


ちょうど学校のオペラ公演が4週間後に迫り、毎日の授業とレッスン+オペラの練習の日々(ついでに椎間板ヘルニアの治療の為の通院も・・・・)。
かなりバタバタと忙しくしていたときに、モーツァルトの「ハ短調ミサ曲」のソプラノを歌う予定だった声楽科6年のSが病気で、その代役の話が突然なぜか私のところにきて、それもそのコンサートは6日後とのこと。
勿論、曲は知っているけれど、歌ったことがなかったので、とりあえず1日で譜読みをして次の日に指揮者と合わせをしてみて歌えそうだったら引き受けるということになり・・・・

授業を終えて家に帰り、急いで譜読み開始。
まずはアリア。
大好きなアリア“Et incarnatus est”なのですが、聴くのと歌うのでは大違い。{/ase/}
もぉ大変。でも素敵なアリアで感動{/hearts_pink/}

しかし譜読みしなきゃいけないのはアリアだけではなくて
-ソプラノⅡとの2重唱
-3重唱
-4重唱
-部分ソロ
と、沢山あるのです。

譜読みは続く・・・・・


翌日、かなりお疲れモードで指揮者と初顔合わせ。
なんとか全て歌い、指揮者からOKを頂き、代役決定{/atten/}

そしてその翌日にはもうオケ合わせ。
コンサート前日に、2000年に「ダヴィデ王」(=思い出⑤思い出⑥)を歌ったワイマールのヘルダー教会でGP(通しの合わせ)。
教会で歌うソプラノのアリア“Et incarnatus est”は、格別で歌いながらその音楽と響きに感動{/hearts_pink/}{/heartss_pink/}{/heratss_blue/}
しかし、譜読みをして本番までが6日間しかなかったので、コンサートが近づくにつれて、譜読みの時には気がつかなかった難しい部分や表現が次々出てきて、自分の中でものすごい焦りや不安でいっぱいになり、緊張やプレッシャーがピークに達していて、切羽詰った状態に{/ase/}
そんな時、たまたま教会に訪れていてこのGP(通しの合わせ)を聴いていたドイツ人の見知らぬおばあさんが、私が歌い終わった後私のところに来て「素晴らしい歌声だったわ。まるで天使のようでした。ありがとう。」と声をかけてくださり、その言葉が本当に嬉しくて(涙{/namida/})勇気付けられました。
おかげで「準備期間は短かったけど、やれることはやったのだから明日は後悔のないよう思いっきり歌おう!」と前向きに思えるようになりました。

コンサート当日。
出だしはやはりかなり緊張しましたが、アリアの時には「あぁなんて素敵な曲なんでしょう」と感動しつつ、でも集中して歌うことが出来ました。
最後の4重唱が終わると急に足がガクガクして、倒れそうになりましたが、とにかく無事歌いきれたことに感謝感謝でした。
また翌週のワイマール近郊の教会でのコンサートでは、6日間+1週間あったので、初日のコンサートよりも落ち着いて歌うことが出来ました。


ふと、この思い出日記を書いていて思い出したのが、とあるピアノの教授のお言葉
どれだけ早く曲を仕上げることが出来るかではなく 
どれだけ深く曲を仕上げることが出来るかが大切


はい。がんばりまっす!


herderkirche
ワイマールのヘルダー教会でのコンサート



2008/02/13//Wed * 00:00
音楽留学回想記 No.9 Hauptstudium(専門課程)

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


9.Hauptstudium(専門課程)
2000年 10月


2年間のGrundstudium(基礎課程)を終え、Vordiplom(進級試験)を無事合格し、いよいよHauptstudium(専門課程)が始まった。
私が進んだGesang/Musiktheater(オペラコース)は4年間(8ゼメスター)あり、声楽科を卒業(Diplom修得)するまでにGrundstudiumの2年間を足すと、合計6年間勉強することになるのです。

<Hauptstudiumからの授業内容>

■個人レッスン■

◆Hauptfach
週2時間の声楽レッスン。

◆Partienstudium
オペラのアリアや重唱など自分が勉強しているオペラの役のパートをコレペティトゥーアの先生と勉強する。
また卒業までに学校でのオペラ公演、または学校以外でオペラに出演したものも含み、大きな役2つ、中ぐらいの役4つ、小さい役2つ、計8つの役を歌い演じなければならない。もし卒業までに出演したオペラでは足りない場合は、自分で選んだオペラの役を一役全部暗譜し、試験を受けなければならない。

◆Liedstudium
歌曲を専門としているピアニストの先生の歌曲のレッスン。

◆Liedgestaltung
この授業は本来ピアニストの為の歌曲伴奏のレッスンですが、私はオットとリートデュオとしてレッスンを受けていました。

◆Sprecherziehung
ドイツ語の発音&表現のレッスン。

◆Szenenstudium
演出家の先生にオペラのワンシーンに演出をつけてもらい、コレペティの先生のピアノ伴奏で歌と演技のオペラのレッスン。重唱やアンサンブルをやる場合はパートナーを見つけて一緒にレッスンを受ける。

◆Dialogstudium
現役の役者の先生と主にドイツ語のお芝居のレッスン。パートナーが必要なお芝居のときは、自分で見つけて一緒にレッスンを受ける。


■グループレッスン■

◆Ensemblestudium
オペラの重唱やオラトリオなど、アンサンブルのレッスン。

◆Tanzen
Grundstudiumに引き続き、ダンスのレッスン。

◆Fechten
なぜかGrundstudiumに引き続き2学期間(1年)フェンシングの授業がありました。

◆Italienisch, Spezialkurs
イタリア語の授業。イタリアオペラのレチタティーヴォやアリアなど応用編。

◆Musikanalyse
アナリーゼの授業。


ほとんどの科目は卒業までに試験があり、そして声楽科6年の最後にはDiplomkonzert(卒業試験コンサート)をしなければなりません。
このDiplomkonzertでは、自分で学校のホールを予約し、その日に声楽科の先生たちを招待し(一般のお客様も来ます)、一晩のリサイタルを開催します。

そのDiplomkonzertのプログラムが本当に大変なんです。
-歌曲12曲(4曲は現代曲)
-アリア6曲(1曲は現代曲)
これだけを一晩のリサイタルで歌います。

「私はこんな沢山の授業と試験をクリアして、そしてDiplomkonzert(卒業試験コンサート)をやり遂げることが出来るのだろうか???」と、本気で悩みました。

それに最悪なことに3年生になってすぐに変な腰痛に悩まされるようになり、ついに歩くのも辛くなり、病院に行くと・・・・
「椎間板ヘルニアです。」
と、告げられたのでした。
何が原因なのかはわかりませんが、私の勝手な推測なんですがヨーロッパの石畳をヒールのある靴で歩いていたのが悪かったのではないか?と思うのですが、全て後の祭り。毎日病院通いとなってしまいました。
謎のベットに寝かされて足と腰を引っ張られたり、あたたかい湯たんぽのようなものを腰に巻いて布団に包まれて暖められたり、バランスボールに乗って体操させられたり、いろんなことをさせられましたが全然よくならず・・・・

腰は痛いが、レッスンや授業は休めず、学校のオペラ公演にも参加していたので、その練習を休むと他の人に迷惑がかかると思い、注射を打って練習に出たときもありました(いやぁ、辛かったなぁ)。

こうして、苦難(?)のHauptstudiumが始まったわけです。


(結局、イタリアに留学していた友人から教えてもらった「一人で出来る整体体操」という本の体操のお陰で随分よくなり、今ではまったく痛みもなく問題なくすごせています。)


WEstudenten
私の同級生たち(私がこの写真を撮ったので私は写っていませんが・・・・)


2008/02/10//Sun * 00:00
音楽留学回想記 No.8 白井光子&ハルトムート・ヘル マスターコース 

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
2000年 7月


ワイマール音大声楽科2年の終わりごろ、Vordiplom(進級試験)が終わってすぐに、ワイマールで行われた白井光子さんとハルトムート・ヘルさんのゲーテの詩をテーマとしたドイツ歌曲のマスターコースを受講しました。

フランクフルト在住のピアニストNちゃんとデュオを組み、マスターコース初日の選抜オーディションに挑み、Nちゃんの素晴らしいピアノに支えられ、無事Aktiv-Teilnehmer(受講生)に選ばれました。
このマスターコースは7日間で、1日1曲、ワイマール音大のホールで公開でレッスンを受けるので、私とNちゃんが用意した歌曲は次の通り。

◆ヴォルフ作曲(詩:ゲーテ)
-語れと言わないでください
-憧れを知る人だけが
-どうか私を光り輝かせてください
-あの国をご存知ですか
◆シューマン作曲(詩:ゲーテ)
-愛の歌
-ズライカ
-ミニヨンの歌

私とNちゃん、そして白井さんは日本人ですが、レッスンではお互いドイツ語で会話。
少し不思議な感じでしたが、ドイツでのマスターコースで、ヘルさんはドイツ人ですし、聴講生(日本人が多かったのですが・・・)もいるので、ドイツ語でのレッスンというのは当然なんですけどね。
でもレッスン以外のときは、白井さんも勿論日本語でお話してくださって、日本人にとって発音しにくいドイツ語の発音のコツなどを教えていただき、とても参考になりました。

7日間とても充実したマスターコースで、沢山のことを学ばさせていただきました。
それにNちゃんとの初デュオも楽しかったです♪


WEmeisterkurs
マスターコースの最終日に記念撮影
Nちゃん・白井さん・私・ヘルさん・作家(すみません、お名前忘れました)



2008/02/03//Sun * 00:00
音楽留学回想記 No.7 Vordiplom(進級試験)

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


7.Vordiplom(進級試験)
2000年7月


ドイツの音大は、1年に冬学期(10月から3月)と夏学期(4月から7月)の2学期制です。
そして2年間の基礎課程の最後にVordiplomという進級試験があります。
ワイマール音大の声楽科は、このVordiplom(進級試験)の点数によって、3年生から3つのコースに分かれます。

-オペラコース(4年間)
-リート・オラトリオコース(4年間)
-合唱コース(2年間)

ほとんどの声楽科の学生は、オペラコースを希望します。
しかし試験の点数が足りないと、希望がかなわないこともあるし、合唱コースに進まなければならなくなることもあったり、また、この進級試験に2度不合格になると退学になります。

声楽科2年の学期末、いよいよVordiplom(進級試験)が始まりました。
試験の内容は次の通り

●声楽実技(20分以上のプログラム)
-アリア2曲(うち1曲はオラトリオなどから選択)
-歌曲3、4曲

アリアは私の先生がチェコ人なのでドヴォルジャークのルサルカのアリアをチェコ語で歌い、もう1曲は5月に歌ったオネゲルのオラトリオ「ダビデ王」からソプラノのアリア。
歌曲はヴォルフの“ミニヨンの歌”を2曲とシューマンの“愛の歌”、あと日本歌曲で“この道”を歌ったと思います・・・・


●オペラのワンシーン(演技つき)

プッチーニの「ラ・ボエーム」のミミのアリアとミミとロドルフォの2重唱をテノールの先輩と歌う予定でしたが、試験当日、彼のお父様がお亡くなりになりとても歌える状態ではないのでという電話があり、結局テノールの代役は見つからず、同級生のバス歌手にミミのアリアのときのロドルフォ役を演じてもらい、ついでに「Si」だけ歌ってもらって(笑)ロドルフォのアリアと2重唱はカットで試験を受けることに・・・・。
かなり素敵な演出で前日の通しのProbeもうまくいっていたので演出の先生もとても残念がっていました。
ロドルフォのアリアも2重唱もなく、ミミのアリアだけになってしまったので、あっという間に終わってしまって、私としてもかなりさびしぃ~感じでした。


●詩の朗読

ゲーテの「ヴィルヘルムマイスター」からミニヨンの歌など2つ朗読しました。
ドイツ語の発音は勿論、表情や表現、言葉の抑揚など私にとって大変な試験でした。


●イタリア語試験

イタリア語の試験をドイツ語で受けるという、これまた私にとって困難極まりない試験でした。
筆記はノックアウト状態でしたが、なぜかイタリア語の発音試験だけはイタリア人の先生にえらく褒められてびっくりしました。


●合唱の試験

初見視唱のみ。
あとは、普段の出席率で合否が決まるので楽勝でした。
話はそれますが、日本で音大受験のときに必ずやらなければならない「コールユーブンゲン」ですが、ドイツに来るまでずっと私は「コールユー ブンゲン」だと思ってました・・・・・。
この合唱の授業のときに使っていたのがまさに「コール(Chor=合唱) ユーブンゲン(Uebungen=練習)」で、このとき初めて「コールユー ブンゲン」ではなく「コーア ユーブンゲン」だったんだぁと知りました。


●フェンシング

普段の授業に出席さえしていればいいのですが2年生からは、やたら気合の入った先生で、いつも授業のあとはすごい筋肉痛でした・・・・


●ダンス

2年生全員(10名)で、創作ダンス。
私の足だけ上がりきっていませんでした。


(この他にも、音楽学、音楽史、聴音、楽典などの試験もあったのですが、私は日本でピアノ科を卒業しているので、そういった単位は日本の音大でとった単位と振り替えしてもらえたので本当にラッキーでした)


1週間に及ぶ大変な試験でしたが、無事すべて合格し、希望通りオペラ科に進むことが出来ました。
しかし、また4年後にはもっと大変なDiplom試験(卒業試験)が待っています。この話はまたの機会に。



2007/11/19//Mon * 00:00
音楽留学回想記 Nr.6 初めてのオーケストラとの共演 後編

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


6.初めてのオーケストラとの共演 後編
2000年 5月


このコンサートは2公演あって、ワイマールで有名な観光名所ヘルダー教会と、ワイマール近郊の教会。
私と声楽科6年生のSは、1公演ずつソプラノのソリストとして歌うことになっていて、Sはワイマールのヘルダー教会でのコンサートに出たいと言っていて、私はオーケストラと歌えるということが嬉しかったのでどちらでもよかったのですが、そりゃ私だって、ワイマールでのコンサートで歌えれば、オットも聴きに来れるし、友達も招待できるし、いいなぁって思っていました。
でも決めるのは指揮者。
そして嬉しいことに、ヘルダー教会で歌わせてもらえることになりました。


コンサート3日前、オーケストラとの初合わせの日。
他のソリストが順番に自分のアリアやソロのオケ合わせをし、ようやく私のアリアの番がまわってきました!
「わぁ~い。初めてオーケストラと歌える♪」と胸を弾ませていた私。

が、しかしもう一人のソプラノのソリストSが

S:「私が先に歌うわ!」

そしてSが歌いだし、何度か歌いなおしたり、オケとのバランスとかいろいろやって、ようやくソプラノのアリア終了。

って、終了ってどういうこと?

指揮者:「はい、次のアリア!」

私:「え~、私のオケ合わせは?」

S:「さちこは昨日のピアノでの指揮者合わせのときうまく歌えてたから、今日は歌わなくていいわよ。」

私:「そっ、そんなぁ・・・・(涙)」

この後の、ソプラノソロの部分もデュエットも全部、Sが歌い、私は結局この日はオケと歌えなかったのでした。

オケ合わせの後に、問題のアカペラの合唱曲の練習となり、指揮者がオンサで「A=ラ」の音をとり、いざアカペラ合唱開始。
でも、だんだん音が微妙に下がってきて、ついにソプラノソロが出てくるころには、合唱は完全に半音さがっていました。
つまり私は急遽、その場で楽譜に書いてある音より半音低く歌わなければならなくなったわけです。
絶対音感(私の場合は大体音感ですけど)があるばっかりに、合唱のみんなのようになんの違和感もなく半音下がってもずっと平気で楽譜をみて歌い続けることは非常に困難で、まるでハ音記号の楽譜を見て歌っているかのようで、冷や汗ものでした。
結局最後まで指揮者も誰も音が完全に半音下がって歌ってたってことに気がつかず・・・
でもみんながキレイに下がって歌っていたので、絶対音感なんてなければまったく違和感なく歌えたはずです。

このころから、声楽家に絶対音感は必要ない、邪魔になると思い始めました。
(この話はまた今度・・・・)


コンサート2日前。今日こそはオーケストラと歌いたいよぉ~とSにも言ったのですが、やっぱり今日もSが「かなり不安だから、今日も私が先に歌わせて!」と、強引。
結局Sがオケと歌いだし、私はまた歌えず・・・・。
でもこれじゃイカン!と思った私は指揮者に私の合わせもしてもらえるように直談判。
そしてやっと念願の初オーケストラ合わせ。
感動っ!
オーケストラの音に包まれて幸せでした。


コンサート前日、ヘルダー教会で本番どおりの通し練習。
初めて教会で歌って、すばらしい響きに感動!!
自分がうまくなった錯覚に陥りました。


ついにコンサート当日。
午前中にヘルダー教会で最後の合わせ。
開演1時間半前に教会に行き、せっかくなので教会内を見学。
それから案内された控え室へ。なんと司教さんのお部屋。
「こんな神様の前で着替えていいのかしら?」と意味不明なことに悩みつつ、この日の為にワイマールの隣町の州都エアフルトで買ったドレス(が、今はもう着れないこのドレス・・・)に着替えて、少し声だしをして、楽譜とにらめっこ。

いよいよ開演。最初は例のアカペラ曲、でもこの日は私が「ダビデ王」を歌う日だったので、Sがソロ部分を歌い、私は控え室で待機。
そして、オネゲルの「ダビデ王」。
他のソリストと一緒に教会の祭壇の前に設置された舞台へ。
一気に緊張し、足がガタガタ震えだして自分のアリアが来るまで心臓バクバク。
ついに、ソプラノのアリア! 立ち上がった瞬間、緊張がピークに達し、楽譜を持つ手がぶるぶるぶるっ。ヒールが高いからぐらぐらぐらっ。ほんとにひっくり返りそうになりましたが、なんとか踏ん張って・・・・。
アリアが始まって「わぁ、声が緊張してるぅ{/ase/}、どうしよぅ。あぁ、ちゃんと体使って歌わなきゃ!発音もしっかりと・・・・・。」など、頭の中で葛藤してる間にアリア終了。
次のソプラノのソロのときには、なんとか“ぶるぶる”&“どきどき”はおさまり、オーケストラを聞く余裕も少しでて、最後まで歌いきり、なんとか自分の役目を果たすことは出来ました。

初めてオーケストラと歌って、歌っている間ずっとオケに包まれ、響きの中で歌うという体験をさせてもらえたこのコンサート。オーケストラと歌うときの自分なりの課題も見つかり、本当にいい経験をさせてもらいました。
WEdavid
演奏後、花束をもらったときの写真
(写真をデジカメで撮ったので画像が悪いです、スミマセン)



追記
コンサートの後はもちろんビールで打ち上げしました(爆)
あのときオケにのってた、Sちゃん、Iくん、Sくん、みんなこのコンサートのこと覚えてるかなぁ。みんな元気かなぁ。


2007/11/18//Sun * 00:00
音楽留学回想記 No.5 初めてのオーケストラとの共演 前編

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


5.初めてのオーケストラとの共演 前編
2000年5月


声楽科2年の終わりごろで、少しずつドイツでの生活、学校生活にも慣れてきて、授業も以前のように胃が痛くなるようなこともなくなり、なんとか授業をこなせるようになってきた頃でした。

この年の5月に、音大のオーケストラがオネゲルの「ダビデ王」というオラトリオをやるので、その為のソリスト(ソプラノ・アルト・テノール)を指揮者のT先生が探しているということで、なぜか私もT先生の前でVorsingen(歌を聴いてもらうこと・オーディション)をしてみないかと言われました。
「ん?たしかオネゲルの「ダビデ王」って、今、合唱の授業でみんなで歌っている曲じゃないかな?」
と思いつつ・・・・
「では、頑張って譜読みしてVorsingenやってみます!」
と答えました。

そしてVorsingenをして、なんと本当にソプラノのソリストとして歌うことになり、日本の音大でのピアノ科時代にオーケストラとピアノ協奏曲なんて弾くチャンスなど全くなかった私は、このとき初めてオーケストラと共演できることになったのでした。


その数日後、合唱の授業のときに、

私:「あのぉ、ソプラノのソリストに選ばれました!」

先生:「へ?きみが? なんの曲?」

私:「このオネゲルのダビデ王です。」

先生:「え、でもソプラノのソリストは声楽科6年生のSでしょ?」

私:「???」

先生:「それに、この曲の合唱には2年生は全員参加で、参加しないと合唱の単位あげれないよ。」

私:「えええ、そんなぁ。」

先生:「両方歌えば?(笑)」

私:「・・・・。」

先生:「うそだよ。ソロうたえばいいよ。」


コンサートの5日前、他のソリストたちと初顔合わせ&指揮者合わせの日。
もう一人のソプラノSが指揮者に

S:「まずダビデ王をやる前に、このアカペラの曲をやってください。」

指揮者:「そうだね、まずこっちをやりましょう。」

私:「???」「何ですか、そのアカペラの曲って・・・・」

指揮者:「え、楽譜が送られてきたでしょ?」

私:「いいえ、もらっていません。」

S:「このコンサートは2公演だから、私たちはソプラノソロを交代で歌うのよ。だから私がダビデ王のソプラノを歌うときは、さちこがこのアカペラの曲のソプラノソロを歌って、さちこがダビデ王を歌うときは私がこのアカペラのソロを歌うの。」

私:「そんなの聞いてないし、楽譜も送られてきていません。」

指揮者:「それはすまなかったねぇ。では今日はとりあえずこのアカペラの曲は初見で歌ってみて。」

私:「ひぃ・・・」

このアカペラの曲、女声合唱とソプラノとアルトのソロの曲で最近作曲された曲らしく、なんだか不思議な響きの曲ですが、幸い短い曲だったのでなんとかこの日は乗り切れました。
が、翌日、合唱とアカペラで一緒にあわせたとき、私には絶対音感(大体音感?)というものがあるのですが、これが逆に仇となることに{/ee_1/}

つづく・・・・・


herderkirche
ヘルダー教会(ワイマール)でこのオネゲルの「ダヴィデ王」を歌いました♪


2007/06/09//Sat * 15:19
音楽留学回想記 Nro.4 波乱の予備進級試験

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


4.波乱の予備進級試験
1999年 7月


ドイツの音大は、1年に冬学期と夏学期の2学期制です。
そして2年間の基礎課程の最後にVordiplomという進級試験があります。
ワイマール音大の声楽科は、このVordiplom(進級試験)の点数によって、3年生から3つのコースに分かれます。

-オペラコース(4年間)
-リート・オラトリオコース(4年間)
-合唱コース(2年間)

ほとんどの声楽科の学生は、オペラコースを希望します。
しかし点数が足りないと、希望がかなわないこともあるし、合唱コースに進まなければならなくなることもあったり、また、この進級試験に2度不合格になると退学になります。

2年生の終わりに受けるVordiplom(進級試験)の前に、1年生の終わりに予備進級試験が行われます。
この予備進級試験は、公開で行われますが、点数も出ないし、合格・不合格もないので、まぁこの1年後のVordiplom(進級試験)の予行練習のようなものかな。

課題は次のとおり

-アリア1曲
-歌曲2曲
-共通課題のドイツ民謡(歌曲)
-詩の朗読

という課題で20分ほどのプログラムを歌います。

ドイツ人にとってはなんでもない課題である

-ドイツ民謡
-詩の朗読
ですが、私にとってはまたまた一大事。

私は歌曲の1つを日本歌曲にしたので(日本歌曲を1曲歌ってほしいとリクエストされたから)、その日本歌曲のドイツ語訳をドイツ語の発音&表現の先生とポエム風に作成し、それを詩の朗読にあてたので何とかなりましたが、問題はドイツ民謡でした。

ちょうどこの頃、私は声楽の暗譜の仕方について悩んでいました。
私は今までピアノ一筋で、日本の音大でピアノ科を卒業しているので、頭も体もピアノの暗譜の仕方が染み付いていて、声楽、つまり自分が歌うための暗譜の仕方がイメージできていなかったので、なかなか暗譜がうまく出来なかったのです。
他の人がどうかはわかりませんが、私にとっては、ピアノと声楽の暗譜の仕方が違います。
それに気がついたのがちょうどこの予備進級試験が終わったあとだったのです。
つまり、予備進級試験で悲劇は起こりました。(って大げさな!)

今回の課題のドイツ民謡は、メロディーは有名なシューベルトの菩提樹。
しかし同じメロディーで歌詞が4番まで。
宇宙語ドイツ語の私にとっては、この4番まである歌詞を4回も同じメロディーで、こんがらがらずに最後まで歌うのは至難の業でした。

そして予備進級試験の日・・・・
声楽科のホールには、公開なので他の学年の声楽科の学生達でいっぱい。

アルファベット順に試験開始。
私は10人中9番目。
プログラムは次のとおり

-ロッシーニ:約束
-中田喜直:さくら横丁
-モーツァルト:オペラ『イドメネオ』からイリアのアリア
-共通課題のドイツ民謡
-詩の朗読(さくら横丁のポエム風ドイツ語訳(爆))

そして問題のドイツ民謡。
1番を歌い、2番へ。が、しかし3番の歌詞が乱入。
わけがわからなくなり、顔面蒼白。

深いため息をつき、もう一度1番から歌いなおし・・・・
次は順調に行くかと思いきや、3番でまたもや2番の歌詞が乱入。
あきらめかけたその時!
なんと聴きに来ていたほかの学年の声楽科の生徒達が一斉に続きを歌い始め、みんなで『菩提樹』の大合唱♪

おかげでなんとか4番の最後までたどり着き、歌い終えました。

聴いてた学生達は、この日散々『菩提樹』を聴いていたのですっかり覚えてしまっていた上に、ドイツ人は小学校・中学校の音楽の時間にかなり沢山のドイツ民謡を歌うのでもちろんこの『菩提樹』も知っていたので、ドイツ民謡など歌ったことのない宇宙語ドイツ語の日本人学生(私)のことを哀れに思い、一緒に歌ってくれたのでした。
先生方にも『あんな、試験の最中に他の学生達が一緒に歌うなんて今まで1度もなかったわ。あなた、幸せ者ね。』と言われました。

後で聞いた話なのですが、他の同級生達も実はこのドイツ民謡で歌詞がわけわからなくなってとまったり、歌い直したり、その場で作詞して歌ったり、色々大変だったそうです。


この予備進級試験の後、ものすごく落ち込んで悩みました。
でも、この経験があったからこそ、このあとピアノと声楽の暗譜の違いに気づくことが出来たのだから・・・・・・


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