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2007/05/22//Tue * 15:25
音楽留学回想記 No.2 一年生からのスタート

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


2.1年生からのスタート
1998年10月


新学期(冬学期)がいよいよ始まりました。
(ドイツの大学は10月-2月の冬学期、4月-7月の夏学期の2学期制です。)

ワイマール音大の声楽科は学部卒業=Diplom修得まで12学期(6年)もあり、最初の2年間のGrundstudium(基礎コース)の最後にはVordiplomという進級試験があり、合格すればオペラ科かリート・オラトリオ科に進むことが出来、不合格だと追試を1度受けることが出来ますが、それでもダメだと退学という厳しい制度です。

この冬学期始まりの声楽科1年生は私を含め計10名。
私以外にロシア人がいましたがドイツ国籍を持っているので、本当の外国人は私だけ。{/face_ase1/}

■Grundstudium(基礎コース)の授業内容■

●個人レッスン●
-週2時間の歌のレッスン
-歌曲のレッスン
-ドイツ語の発音・表現のレッスン(個人)
●グループレッスン●
-ダンス
-演技
-リトミック
-フェンシング
-合唱
-イタリア語
(この他にも、音楽学、音楽史、聴音、楽典などいろいろな授業をとらなければならなかったが、私は日本でピアノ科を卒業しているので、そういった単位は日本の音大でとった単位と振り替えしてもらえたので本当にラッキーだった)

私にとって一番大変だった授業、それは演技とダンス・・・・・

ドイツ語は日本で文法のみ+入試の後、夏休みにワイマールの語学学校に3週間通っただけ、更に毎日オットと日本語での生活・・・・・。
はっきり言って、全然ドイツ語が出来ませんでした。なのに全てドイツ語での授業(当たり前ですが・・・)、毎回胃が痛くなりました。
いつも辞書を片手に半泣きで授業に参加。
そんな私をいつも助けてくれたのが、私の大親友Katrin。
Katrinはドイツ人ですが、なぜか私の宇宙語(めちゃくちゃドイツ語)を理解することができ(テレパシーでしょうか??)、更に授業中いつも先生やみんなが言うこと(=ドイツ語)をドイツ語で私がわかるように、説明してくれていました。
Katrinがいなかったら絶対私は途中でどの授業も挫折していたに違いありません。

特に演技の授業は毎回3時間。長すぎです・・・
授業の内容として、1年生では演出家の先生がテーマを決めて、その場で舞台の上でそのテーマに沿ったお芝居を考えて演じ、みんなでそれを見て意見や討論を交わすというもの、また簡単なドイツ歌曲に演技をつけて歌うなど、いろいろありました。
勿論、毎回私一人大パニック!
討論に参加なんて出来ない私はとにかく私に意見を求められないように存在を出来るだけ消すようにしていたのに、
「Sachikoはどう思う?」
「Sachikoだったらどう演技する?」と、なぜか質問攻めにあってしまい、アタフタアタフタ・・・
そこにKatrinが、「Sachikoは、こう言ってるわ!」と、私の宇宙語ドイツ語をドイツ語で訳してくれるのでした。

書き出したらきりがないくらい失敗談はあるのですが、今日はその中の1つをご紹介。

演技の授業でのこと。
演出家の先生が作ってきたカードにいろいろな動詞が書いてあって、それを裏返して机の上にならべており、みんな順番にそのカードを引いて、カードに書かれた動詞を舞台の上で演技し、それをみんなで当てるというもの。
「これなら、辞書ですぐ調べればなんとか演技できるな!」と思っていたのですが・・・。
私が引いたカード→“fixieren sich”
急いで辞書をひくと、“fix ”としか載っていない(汗)
「げぇ、どうしよう、『fix = subayai』ってしか載ってないなんて・・・。
でも待てよ、fixieren sich も fix も同じようなものかも!
『fix=subayai』なら、きっと fixieren sich もすばやい動きの演技をすれば、みんなわかるだろう!」
と、思った私は舞台に上がり、舞台の右から左へものすごい速さで駆け抜けました。

みんなの反応: 「???」
先生の反応: 「???」

そしてみんなから「もう一回やって!」のリクエストに答えて、再び舞台の上を今度は左から右へ駆け抜け・・・・

それでもやっぱりみんな???のまま・・・。


で、数分後
「あ、もしかしてfixieren を fix と思って・・・・ぷっ、わははは!!!」と、一人が笑い出し、みんなも一斉に笑い出したのでした。


◆今日のドイツ語
fixieren sich = 見つめる,見据える,凝視する


それでは、この辺で。。。。

WEbelv
声楽科の校舎の横にあるBelvedere城



2007/05/17//Thu * 15:33
音楽留学回想記 No.1 入試といえば・・・・

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート



今週の木曜日からワイマール音大では入試が始まるので、今週は火曜・水曜とレッスンにしてもらいました。

いままで、“思い出”というカテゴリーを設けていたにもかかわらず、一度も書いたことがなかったので(汗)、今回『入試』の思い出を書いてみることにしてみました。


1998年 春。
ちょうどこの時期にワイマール音大の入試のために渡独。
私にとってはじめての海外(初めての飛行機・・・・)でした。
ドイツ語も日本で3ヶ月間の初級の初級コースをやっただけで、まったくドイツ語がわからないままの渡独。

私は日本の音大でピアノ科を卒業していて、声楽科の単位というものを持っていなかったので、ワイマール音大の声楽科のどの学年から編入できるのか、また入試の内容はどうなるのか、何度も何度も郵便で日本からつたないドイツ語で手紙を送り(当時、メールがなかった)、確認したにもかかわらず、入試の2週間前にいきなり、私には編入試験を受験する資格がなく、更に私が入試のために準備してきた歌曲やアリアはほとんど使えないことが判明。

理由は私が日本でピアノ科卒だから。
って何度も手紙で「私は日本の音大でピアノ科を卒業しています!」って言ったじゃないかぁ!
そのことについて何度も確認したじゃないかぁ!!

結局、声楽科の1年生から始めなければならないので入試課題が私にとって絶体絶命な入試課題に・・・・・

①歌曲 1曲
②アリア 1曲
③ドイツの民謡 1曲 {なのに私は日本歌曲を歌った(爆)}

ここまでは自分が日本から用意してきた曲の中から選べばいいだけなので問題ないのですが・・・

④詩の朗読(もちろん暗記で)
⑤ドイツ語でお芝居(演技は自由)
ありえない!!!

④詩の朗読・・・ゲーテの『野ばら』を選びました
⑤ドイツ語でお芝居・・・これまたゲーテの『ファウスト』から“糸を紡ぐグレートヒェン”
(2つとも歌ったことがあるからなんとなく覚えやすいかなぁと思っただけなんですけどね)

ドイツ語も出来ないのにドイツ語の詩の朗読にお芝居。
もぅ絶対無理だと思いました。
入試まで10日をきっていたし、泣く暇があったら覚えようと思って必死で暗記し、グレートヒェンのモノローグに意味不明な演技もつけて・・・・
あっという間に入試当日。

ドイツの音大は日本の音大と違って少人数制なので、多くても一つの学年に10人くらい。なのにこの時の声楽科の入試の応募は200人!
これまた絶体絶命!
(って、入試は何日にも分けて行っていたので、そんなに受験者が多いとは知らなかったのですが)

手続きを済ませ、ホールへ。
名前だけしか言えず(恥)、とりあえずアリア・歌曲を歌い、審査員の指示を待ち・・・・・

審査員:「次は、グレートヒェンのモノローグやってください」
私:「げぇ~~~~~、詩の朗読じゃないの???(心の叫び)」
うわさでは、詩の朗読しかさせられないって聞いていたので、いきなりグレートヒェンを指定され、頭の中パニック!!!

おもむろに会場にあったイスをホールの壁際まで引きずってもって行き(芝居の小道具として使った)、顔面蒼白で演技開始・・・・

『まいねぇ るぅ~~ いすと ひぃ~~ん・・・・・・以下省略。』


私の真剣な演技と絶対通じていなかったであろうドイツ語のテキストに、笑っちゃいけないと抑えつつも我慢しきれなくなった審査員の先生方が次々と肩を震わせ、グレートヒェンの内容と私の迫真の演技(謎)とはウラハラに、先生方みんな笑い転げてしまったのでした。
(ついでに、私のオットも一緒になって笑っていた・・・・・)


そして、一度ホールを出て2分後、再びホールに呼ばれ
『オメデトウゴザイマス!!』
と、片言の日本語で合格を言い渡されたのでした。

そして奇跡的に、ワイマール音大の声楽科1年生となりました。
でもまさか、声楽科の学部が6年間もあるなんて知る由もなかったのでしたぁ。

また、この続きは、『思い出』にて綴っていきたいと思います(笑)。



2007/05/10//Thu * 22:04
Umzug=引越し

4月28日(土)

4月末にベルリン内ですが、引越しをしました。
ドイツで引越しをするのはこれで2回目。

日本から来て最初に住んだ町、ワイマール。
このとき日本から送った荷物は私とオット二人分合わせて7箱。
ワイマールベルリン、このときの荷物は30箱。
今回のベルリンベルリン、なんと70箱

とにかく楽譜とCDが多い!!!
でも、これはしょうがない。勉強&お仕事道具だから。

次に多かったのが、意味不明な記念品
そのなかでも特におかしなものを挙げてみると・・・・

-ドイツに来て初めて買った巨大携帯電話(爆)
-初めてパリに旅行に行ったときに作った旅のしおり(=オット作)
-オットがレバノンでの演奏旅行の際、観光で遺跡めぐりをしたときに露店で買った、遺跡から出てきた価値のある土器ではなく、まったく価値のないただの土器

とにかく1週間かけて荷物を箱に詰め、ようやく引越しの当日。
待てど暮らせど引越し屋さんが来ない

電話 してみると、勝手に11時13時に変更に!

引越し屋:「昨日、留守電に時間変更って入れておいたよ。」
私:「いや、そんな留守電入ってなかった。」
引越し屋:「いやいや、入れた。とにかく13時だから。じゃ。」

そして2時間遅れでやってきた男性3名。
荷物を運び始めて、いきなり
がしゃーーーん
建物の入り口のランプを破壊

それから1時間半が過ぎ・・・・
やっと荷物を積み終わる。

車 で引越し先に移動。

今度は荷物を運び込む作業中
「このたんす、運べないから分解するぞ。」
ばきっ、ぼこっ、か~~ん
そして部屋に分解したたんすを運んできて
「ここじゃ狭くてこのたんす組み立てれない。だからこのままこのたんすは放棄するぞ。」
って
なんでやねん!!!
ありえないです。ほんと。

駄々をこねるおっさん3人にとにかくオットが説得。
なんとか組立作業を開始。
しかし・・・・
「ん?これどうやって組み立てるんだ?順番がわからん!」
「釘がないぞ~~」
「あれ?この扉短くない?あ、左右逆なのか。」

時間ばかり過ぎて行き・・・・

それでもなんとかたんすの復元に成功

それから、荷物の運び込み再開。
結局、6時過ぎに引越し終了。

部屋中、箱の山・・・・
はて、どこで寝ますか?

逆に、今まで住んでいた部屋はがら~~ん。
しかし
ドイツでは部屋を明け渡す際に部屋中の壁やドア、窓枠などのペンキ塗りが義務つけられていて、荷物を運び出してからすぐに壁塗りの助っ人アロン君とその友達がまずは台所の壁塗りを開始。
コンロの近くや水周りには防水加工用のペンキを塗り、そのほかには普通のペンキ。
ドアや窓枠にはニス入りのペンキ。

壁のペンキ塗りをするオット
2007 05.07-2

ここで問題発生
洗濯機を移動する際にはずしたホースと水道管のつなぎ目がホースがなくなったことで水道管をふさぐものがなくなり、水が
水道の元栓をひねり、水を止めたのですが、そうすると家中の水が使えずトイレも使えない
急いでBauhaus(日曜大工の店)に栓をするものを買ってきてつけてみると
サイズが合わないちゃんと店員にデジカメで撮った写真も見せて確かめたのに・・・・

で、もう一度急いでBauhausへ
土曜日なので18時で閉店

アロンの案で、トイレや水を使う際にだけ元栓を開いて、元栓を開けている間は水道管の下にバケツを置いて、水漏れを防ぐということに。
アロン君、天才

夜になり、暗くて壁塗りが出来ないので今日の壁塗りは終了。
明日、朝の8時から再開することに。

箱だらけの家に帰り、なんとか寝る場所を確保し、速攻で就寝。

長い一日でした・・・・



4月29日(日)

オットは朝からアロンたちと壁塗りに出かけ、私は箱だらけの部屋に残り、昨日まで必死で詰めた70箱の荷物を、今度は出す作業


壁塗りはなんとか今日中に終わり、夕方オットが帰宅。
台所も荷物でいっぱいなのでお料理も出来ないので近所のトルコ料理屋へ。

寝室&勉強部屋となる部屋はなんとか片付いたので、今日はベットで寝ることができました・・・・。

が、夢の中でも私は箱まみれの部屋で片付けをしていました



4月30日(月)

朝食を済ませ再び元住居へ。
5年間住んだ部屋に感謝の意をこめて、大掃除開始
と、その前に昨日までの壁のペンキ塗りで使わなかったペンキ2缶を返品、あと土曜日に買ってサイズの合わなかった水道管の栓の交換のためにBauhausへ。
だが、そのときすでに悲劇は始まっていたのです。

ペンキは1缶12ℓ、それが2つ。
重いので旅行用の小さいほうのトランクに入れて運んでいたら・・・・・
道に白い点々が・・・・・

んっ



白いペンキがトランクから漏れているではないですか!!!


トランクの中はペンキで真っ白。
手も服にも白いペンキが
あと30mでBauhausなのに・・・・・
って、でもいつから漏れてたの???

2人で道の真ん中で5分ほど呆然と立ちすくんでしまいました・・・・・

Bauhausの店員にも
「あららぁ、悲惨。もちろん返品は1缶だけね。なんで3缶も買ったの?こんな高いペンキを。」
そう、このペンキは一番いいペンキなのです。
匂いがなく、ペンキの伸びもよく、乾きも早い。
きれいに塗れるすばらしいペンキなのです。
74㎡のWohnung(=アパート・マンション)の壁を一缶で2度塗りが出来るとは思わなかったし、初めての壁のペンキ塗りだったので、ペンキがどれだけ必要かなんてワカラナカッタよぉ~~
だから3缶も買ってしまったんだよぉ~~~

しかしこのペンキ、高いだけあって水溶性なのでかなりがんばって洗えばとれるのです。

泣きながら白いトランク(元・黒いトランク)をひきずって部屋に戻り、気を取り直して、Wohnungの大掃除開始。

そして夜の8時・・・・
すべてピカピカ
すばらしい!!!
5年間ありがとう



それから10日が過ぎ、ようやく70箱すべてなくなり、片付きました。
新しい生活の始まりです

(引越しはもうこりごりです・・・・・)


■写真■
意味不明の記念品のひとつ・初代携帯電話
(大きさを比較するために1ユーロを横においてみました)
2007 05.07


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