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ソプラノ 川島幸子

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2008/03/03//Mon * 21:35
音楽留学回想記 No.14  第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
2002年 6月


ついにモスクワへ飛ぶ日の朝・・・
コンクールでのピアノ伴奏をオットに頼んでいたので、2人でモスクワに行くことになっていたのですが、出発の3日前にオットはレバノンで演奏会があり、前日にベルリンに帰ってきたばかりで、その疲れからかオットが熱と下痢でダウン。
怖いけれど、一人で行くことを決意!



したのですが・・・・
時間がなかったので急いで話し合った結果、オットは熱をおして一緒に行ってくれる事に。

とにかく急いで空港に向かい、ベルリンからウィーン経由でモスクワへ
(途中、ウィーンで乗り換えのときに、手荷物検査でミニキーボードを怪しまれ、危うく没収されそうになりました。)

モスクワのシェレメーチエヴォ国際空港に着いて、コンクール事務局の車で、コンクール期間中参加者が宿泊する“ホテル・モスクワ”に向かいました。
10車線くらいあるひろ~い道路をひたすらまっすぐ(驚)走ること30分、モスクワの中心街に入り、ホテルに到着。
ちょうどこの日は、ワールドカップ・サッカーの日本対ロシア戦があり、ホテル前の広場には大きな特設スクリーンで大勢のロシアン人たちがサッカー観戦中。

ホテルに入り、コンクール事務局で手続き中にものすごい爆発音が!!!

サッカーの試合が終わり、ロシアが負けたため街中で暴動が起こったのでした。
声楽部門の会場(ホール)の窓ガラスは粉々に割られ、ホテル前の路上では車が炎上し、モスクワにある日本食レストランや日本に関係のあるものはめちゃくちゃに壊され、アジア系のコンクール参加者も顔を蹴られたり、被害者が出ました。

ホテルの窓から外を見ると、煙が上がり、道路に人が倒れ、車が炎上し、それはそれは恐ろしい光景でした。
もし、ホテルに着くのが10分遅かったらと思うと、今でも恐ろしくなります。

事務局で「日本人参加者は絶対ホテルから出ないこと!」と言われ・・・・
前回のチャイコフスキーコンクールに参加した日本人からの情報で、コンクールが用意してくれる食事(モスクワ音楽院の食堂)はお腹を壊すから食べない方がいいと聞いていたので、ベルリンから非常食用にとカップラーメンとパウンドケーキ、あと湯沸かし器を持参したのですが、熱と下痢が続いているオットは食べれずはずもなく・・・
とにかく外に出れないのでスーパーにも行けず、ホテル内のバカ高いミネラルウォーターを買うのが精一杯でした。
そんな中、私たちより先にチェロ部門参加者のピアノ伴奏としてモスクワに来ていた日本人ピアニストのRちゃんとR子ちゃんが、日本から送ってもらったというお湯を入れるだけで食べれるわかめご飯と即席のお味噌汁をオットのためにわけてくださり、なんとか食べることが出来、少しずつ回復していきました。


モスクワ初日からこんな大変な目に遭うとは・・・・

つづく・・・・


暴動が起こる10分前のホテル・モスクワの裏の道路
moskau1




2008/03/01//Sat * 21:39
音楽留学回想記 No.13 第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)

1.入試といえば・・・
2.1年生からのスタート
3.Überraschung!
4.波乱の予備進級試験
5.初めてのオーケストラとの共演 前編
6.初めてのオーケストラとの共演 後編
7.Vordiplom(進級試験)
8.白井光子&ハルトムート・ヘル マスタークラス
9.Hauptstudium(専門課程)
10.突然の代役
11.ヴェルディ・ガラコンサート
12.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(1)
13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
14.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(3)
15.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(4)
16.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(最終回)
17.初リサイタル in レバノン 
18.バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』
19.オペラで王様役に挑戦!
20.モーツァルト作曲 オペラ『後宮からの誘拐』
21.ベルリン・コーミッシェオーパーでのモノローグオペラ
22.(最終回)Diplomkonzert 卒業試験コンサート


13.第12回チャイコフスキー国際コンクール in モスクワ(2)
2002年 5月


6月9日のベルリン発ウィーン経由モスクワ行きの飛行機の予約も済み、あとはロシアに入国するためのヴィザを取るために、チャイコフスキー国際コンクールの事務局から送られてきた書類を持って、ベルリンのロシア大使館へ。

大使館の窓口には朝の8時半にもかかわらず、すでに凄い行列・・・・・
待てど暮らせど行列はまったく減らず・・・・
午前11時になり、窓口付近から大使館の警備の人が出てきて、

「はい、今日はもう終わり。さようなら。」

へ???
こんなに人が待ってるのに、11時になったら終わりなの???

終了。


また、日を改めて更に朝の7時過ぎに再びロシア大使館へ。
が、また既に長蛇の列。
そして、11時。

「はい、今日はもう終わり。さようなら。」

終了。


このままでは、何度行っても大使館の入り口にすらたどり着けない、と本気で焦り、他の部門でコンクールに参加する友人にどうやってヴィザを取ったか聞いてみたら、どうやら電話で予約してから行けば、すんなり入れるとのこと。

が、しかし何度電話しても通じず・・・・・

しょうがないので、もう一度朝の行列にチャレンジ。
相変わらず、全然動く気配なしだったので、思い切って入り口のドアのそばまで行ってみると、警備の人が出たり入ったりしているだけで、列に並ぶ人たちは全然中に入っていってない・・・・・。
すごく怖かったのですが、勇気を出してドアのそばの警備員に、

「チャイコフスキーコンクールに出るからヴィザが必要なんです!これ、コンクールからの手紙です。」

と、大声で言うと、

警備員「ちょっと、来い。その手紙とあなたのパスポートを出しなさい。」

と、言うので人をかきわけてドアの方まで行くと、ドアの周りにいた大勢の人に何か言われたのですがロシア語なのでわからず、とにかく警備員に手紙とパスポートを渡して、待つこと20分。

警備員「中へどうぞ。」

3度目にしてやっと大使館の中へ。
どうやら、私が並んでいた行列は、別の用事で大使館に来ている人たちだったようで、私がそこに並ぶ必要はなかったみたいです。

窓口でコンクールから送られてきた書類を見せると、部屋の奥からファイルを出してきて、名前と番号を確認、あっという間に手続き終了。
3日後にパスポートを取りに行きました。

「いったい、なんだったんだ、この一週間は・・・・」

と、少し呆然となりましたが、とにかくヴィザが取れてホッとしました。
しかしモスクワに行く前から、こんなトラブル続きで一体これからどうなるの?

つづく・・


声楽部門のホールで、演奏順を決めるくじを引くところ。
moskau2


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